研究内容:レーザーピーニング
レーザーピーニングによって金属部分に付加価値を付与
研究内容
- 10万気圧で金属材料を強くする
- 精密金型、工作機械の寿命を長くする
01. はじめに
レーザーピーニング技術(以降LP: Laser peening)は金属表面処理技術の1つである(図1)。
金属表面処理(メッキ、塗装、熱・機械・化学処理、合金など)は、工業製品の安全性確保・長寿命化を目的とし、部品レベルでの疲労強度・耐磨耗性・耐腐食性を向上させるために、多くの産業用途に実用されている。LPは、水中レーザーアブレーション応用の1つであり、1990年代から効果の検証・基礎研究がなされ、現在では重工業産業を中心に実用化されている。ここでは、LPの更なる産業応用推進に主眼を置き、LPの基礎(2節)、技術開発の動向(3節)、委員会調査結果・光産業創成大学院大学の取り組み(4節)について紹介する。
金属表面処理(メッキ、塗装、熱・機械・化学処理、合金など)は、工業製品の安全性確保・長寿命化を目的とし、部品レベルでの疲労強度・耐磨耗性・耐腐食性を向上させるために、多くの産業用途に実用されている。LPは、水中レーザーアブレーション応用の1つであり、1990年代から効果の検証・基礎研究がなされ、現在では重工業産業を中心に実用化されている。ここでは、LPの更なる産業応用推進に主眼を置き、LPの基礎(2節)、技術開発の動向(3節)、委員会調査結果・光産業創成大学院大学の取り組み(4節)について紹介する。
図1にLPとショットピーニング(以降SP:Shot peening)の原理図を示す。SPはLPの類似技術の1つであり、自動車産業を始め多くの産業分野で実用化されている。ショットと呼ばれる無数の球を高速で材料に衝突させ、表面に無数の圧痕と表面近傍に加工硬化・圧縮残留応力を付与する。ショットの運動エネルギーによる機械的な表面処理技術である(同図右)。一方、LPは短パルスレーザー照射によって発生する衝撃波を用いてピーニング処理を施す。金属をアブレーションできる強度のパルスレーザーを水中にて照射すると(同図左①)、金属表面にプラズマが生成される(同図左②)。水中ではプラズマ膨張を抑制できるため、非常に高いプラズマ圧力が生じる(同図左③)。この圧力により衝撃波が発生し、金属中を伝播する。衝撃波による動的応力が金属の降伏応力を超えると塑性変形が生じ、ピーニング効果が付与される(同図左④)。
一般的に、レーザービームの直径程度の深さにまでピーニング効果を付与できると言われている。 ピーニング作用・効果・付加価値を図2にまとめた。ピーニング処理は、製品の付加価値化(製品長寿命化、ランニングコスト低減、高効率化、軽量化、耐環境性)を目的にして、部品レベルにおける疲労強度の向上、耐応力腐食割れ特性の向上、耐摩耗性の向上等のために、材料表層に圧縮残留応力、加工硬化等を付与する。LPでは、圧縮残留応力付与による疲労強度向上、耐応力腐食割れ特性の向上、成形が主に利用されている。
一般的に、レーザービームの直径程度の深さにまでピーニング効果を付与できると言われている。 ピーニング作用・効果・付加価値を図2にまとめた。ピーニング処理は、製品の付加価値化(製品長寿命化、ランニングコスト低減、高効率化、軽量化、耐環境性)を目的にして、部品レベルにおける疲労強度の向上、耐応力腐食割れ特性の向上、耐摩耗性の向上等のために、材料表層に圧縮残留応力、加工硬化等を付与する。LPでは、圧縮残留応力付与による疲労強度向上、耐応力腐食割れ特性の向上、成形が主に利用されている。
2-2. LPシステム構成
図3にLPのシステム構成を示す。システムは、レーザー部、導光部、ヘッド、モニター、照射部、照射法、応用(加工対象)から構成される。レーザーはナノ秒のパルスレーザーが用いられている。パルス幅は1-30ナノ秒、パルスエネルギーはmJ以下から50J以上、波長は1μmあるいは0.5μm、イラディアンスはGW/cm2領域である。 LPでは、パルスエネルギーとレーザー波長によって得られるピーニング効果、即ち用途が異なる。パルスエネルギーが50J程度の高エネルギー領域では深部ピーニング処理が必要な大型部材(航空機・タービンブレードなど)、1J程度の中エネルギー領域では小型部材(溶接構造物など)、mJ以下の小エネルギー領域では微小部材(MEMSなど)に適用される。照射方法もそれぞれに異なる。また、レーザー波長においては、1μmでは水膜を介して、0.5μmでは水中にて照射される。 照射部では、プラズマ膨張を抑制する透明体、レーザー光吸収を増強する吸収体、材料へのレーザー損傷を防ぐ犠牲層が用いられる。透明体はレーザー光を透過し、数mm程度の厚みがあれば良い。噴射ノズルによる水膜、水槽、接着テープ等が用いられている。吸収体は黒色のテープ・塗装膜が用いられている。犠牲層はレーザー照射による熱影響抑制のために使用されている。レーザーを材料に直接照射した場合、一般的に表面の融解・再凝固によって引張応力が残留する。これを防ぐために犠牲層が用いられる。ただし、レーザービームの重ね方を工夫することによって、直接照射においても圧縮残留応力を付与できる。
2-3. LPの特長
LPは原理的には確立された“枯れた技術”であり、産業応用に向けた用途開発が重要である。特長として、①深部処理(数mm程度までピーニング効果を付与できる)②局所処理(照射部位のみを処理できる)③高精度処理(入力エネルギーや照射回数によってピーニング効果を制御できる) がある。図4右写真にLPの実施例の一例を示す。サンプルは厚み500μmの銅薄板であり、変色部が照射領域である。レーザービームサイズは照射領域に対して小さいため、サンプルを自動ステージで移動させながら、広域照射を行った。裏面から見ると、照射領域が凹んでいることが分かる。つまり、レーザー照射側に凸状に変形しており、これによって圧縮応力の発生が確認できる(実用部品では厚板を使用するため、部品が変形することなく圧縮応力が表層に残留する)。同図左グラフに入射レーザー強度I0(イラディアンス(GW/cm2))と最大発生圧力P(GPa)の関係を示す。この関係式は、Fabbroらが提唱しているモデル式であり、実験結果と良く一致することが確認されている。通常のLPではI0=1-10GW/cm2、P=1-5GPaの領域で処理される。材料の降伏応力が既知であれば、原理的にはI0は一意に決定できる。
図5にLPの特長に関する根拠データを示す。LPでは、①深部処理、②局所処理、③高精度処理という特長を有している。①同図に示したように、表面から数mmを超える領域にまで圧縮残留応力を付与できる。パルスエネルギーが数十Jを超える大型レーザーを用いると、10mm程度までの深部処理が可能である。②局所処理が可能なため、溝・穴・細管内といった複雑処理、あるいは応力集中部・摺動部といった限定的処理が可能となる。③照射回数を1、3、6回と増やすにつれて、圧縮応力層が奥域方向に進展している(同図)。これは、照射回数によるピーニング効果制御の可能性を示唆している。また、入力パルスエネルギーやビームの重ね方によるピーニング効果制御も可能である。
図5)LP効果の特長(深部処理、局所処理、高精度処理)
特許の調査方法は、特許電子図書館にて、検索キーワードをレーザ、ピーニングとし、2008年8月に実施した。128件の検索結果の中から関連特許94件を抽出した。抽出結果を特許内容、発明箇所、出願者ごとに分類・分析した。図6に特許内容に関する分析結果を示す。特許内容の分類では、応用に関する特許が最も多く、次いで、新手法、従来LP装置、品質保証の順であった。応用でみると、発電プラントに関するタービンブレード関連、ゴルフクラブ関連、原子力関連、電磁鋼板関連、溶接部関連(溶接構造物)が多かった。新手法には、他の技術(SP・ウォータージェット)との併用、LP効果以外の用途(コーティング、フォーミング等)、照射方法(重畳照射、対抗ピーニング(ワークを両面から照射するLP技術)等)に関する特許があった。尚、図6の応用一覧の標記は各出願特許での応用名称を変更せず用いた。そのため、内容的に重複する標記が複数あることに留意されたい。表1に主な出願者一覧表を示す。重工業産業用途の特許がGE、(株)東芝、(株)日立製作所から、電磁鋼板といったモーター用途に関する特許が新日本製鐵(株)から出願されている。 このように、特許調査からは、重工業産業である原子力関連・発電プラント、エレクトロニクス産業である電磁鋼板に関する特許が多いことが分かった。
3-2. 論文調査
2008年4月に、Google scholarにおいて、検索キーワード(Laser peening、Laser shock processing)を用いて学術論文の調査を行った。検索結果数は約1500件であり、関連論文123件を抽出した。論文を次の項目に分類した(Al合金,Ni合金,Fe合金,Ti合金,薄膜ピーニング,フォーミング,マイクロピーニング,計測機開発,基礎,シミュレーション,解説論文,システム,原子力応用,その他)。論文調査結果を図7に示す。従来のLP技術を用いた効果検証において、Al合金、Fe合金に関する論文が多かった。その他には、マイクロピーニング(数十μm程度の微小ビーム径によって極表層をピーニングする技術。MEMS用途を目指している)、基礎、シミュレーションに関する論文が多かった。
図7)論文調査結果
3-3. 特許調査と論文調査の考察
特許調査では、重工業産業(原子力関連・発電プラント)、エレクトロニクス産業(電磁鋼板)に関する特許が、論文調査ではAl合金、Fe合金、マイクロピーニング、基礎、シミュレーションに関する研究報告が多かった。Al合金、Fe合金に関する研究は重工業産業用途(原子力・発電プラント・宇宙航空関連)を主目的にしている。これは、従来のLPが重工業産業用途を中心に開発されてきたことを示唆している。一方、MEMS用途のマイクロピーニングについては、応用研究が開始されているが、これに関連した特許はまだ数少ない。マイクロピーニングではmJ以下の小さいパルスエネルギーを用いており、MEMS(微小機械部品)といった量産部品への実用化を目指している。 このように、従来LP技術による重工業産業用途に加え、マイクロピーニングによる量産品用途を目指した新たな取り組みが顕在化しつつあると言える。分かった。
04. 産業応用推進にむけて
4-1. (社)レーザー学会 レーザーピーニング応用技術専門委員会
表2に当専門委員会の概要を示す。当委員会はLPの産業応用推進を目的として、LPに関連する市場動向・技術開発動向の調査のために、平成18年4月にされた。委員数は18名(企業から8名、研究機関から10名)であり、レーザーピーニング・レーザー加工、SP応用、高出力レーザー開発、レーザー産業動向に関する専門家から構成されている。調査内容は表2に示した5項目である。次節以降に、調査結果について概説する。尚、本調査結果は当専門委員会の中間報告からの抜粋である。
委員会名 | (社)レーザー学会 レーザーピーニング応用技術専門委員会 |
主査 | 山中正宣(光産業創成大学院大学) |
委員 | 18名
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調査期間 | 平成18年4月~平成21年3月 |
調査研究項目 |
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表2)専門委員会の概要
4-2. LPの産業応用の現状
表3にLPの産業応用の現状を示す。特許・論文調査からも明らかなように、重工業産業(宇宙航空産業、原子力産業)において、長寿命化(メンテナンス費削減)のために実用化されている。宇宙航空産業では軍用機ジェットエンジンの長寿命化、翼成形(フォーミング応用)、原子力産業では炉心シュラウド・圧力容器ノズルの予防保全がある。原子炉廃棄容器、蒸気タービンについては、実用試験段階である。
宇宙航空産業 | 原子力産業 |
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表3)LPの産業応用の現状
4-3. SPの産業応用の現状
表4にSPの産業応用の現状についてまとめた(ショットピーニング市場調査報告書(ショットピーニング技術協会・平成18年10月)を参考)。SPのユーザー市場は同表上段に示した10項目に分類される。重工業産業に加え、量産品である自動車部品、工作機械部品、電子部品などに実用化されている。市場考察(同表下段)として、5項目を列挙した。注目すべき項目として、次の2つがある。①部品の小型化・軽量化・高強度化のために、処理技術の難易度が増す傾向にあること、②更なる市場拡大にはコスト削減が必要であること。LP産業応用にとって、①はLPの特長を活かせるが、②は現状においては最大の課題である。
表4)SPの産業応用の現状
4-4. LPとSPとの比較
表5にLPとSPとの比較一覧表を示す。処理、工程、コストの3項目で比較した。処理においては、LPは微細・局所処理、深部処理、高精度処理に優れる一方、処理時間が長く、生産性を向上させる必要がある。工程においては、LPでは水中処理設備、SPでは集塵設備、ショット材回収・分別設備が必要である。コストにおいては、LPでは初期設備投資が高く、主なランニングコストにLPでは励起用光源(フラッシュランプ、半導体レーザー等)の交換費、SPではショット材の消耗品費が挙げられる。 LPの産業応用を進めるためには、トータルコストで考える必要がある。その鍵は微細・局所処理と高精度処理にあると考えられる。応力集中部・摺動部への限定的処理による生産性向上、精密部品への高精度処理等によって、LP産業応用の推進が期待できる。
レーザーピーニング | ショットピーニング | ||
処理 | 範囲 | 微細処理(溝・穴) 局所処理(応用集中・溶接) |
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深さ | 深部・大型部品処理(1mm以上) | ||
制御性 | 良い | ||
処理時間 | 長い(生産性×) | ||
工程 | 付帯工程 ※必要な場合のみ |
吸収体・犠牲層の塗布(処理前) | 凸凹表面の研磨作業(処理後) |
付帯設備 | 水噴射装置 | 集塵設備 ショット材回収・分別設備 |
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コスト | 初期設備投資 | 高い | 安い |
ランニングコスト | 励起光源が消耗品 | ショット材が消耗品 |
表5)LPとSPとの比較
4-5. LPの産業応用に向けて
表6にLP産業応用推進のための課題(①LPの効率化、②LP用レーザー装置開発、③周辺技術開発、④用途開発)について示す。①現状のLPでは、入力エネルギーの2割程度をピーニング処理に用いている。逆に言うと8割は熱として消費し、LP効率を低減させている。効率化のためには、メカニズムを理解し、衝撃波発生を効率化させる取り組みが必要である。具体的には、レーザーパルスの時間波形制御などが考えられる。②現状のLP装置は一般的なフラッシュランプ励起のQスイッチナノ秒レーザー装置を使用している。この装置はLPにとっては、パルス幅が長く、繰返し周波数も低い。①を実現するためにも、LP用レーザー装置の開発が必要となる。具体的には、半導体レーザー励起の短パルス・高繰り返しレーザー装置である。③LPの現場利用を容易にするために、導光技術、水供給技術、効果評価技術の開発が必要である。④LPの原理実証は既に終えており、より効率的な処理を行うための技術開発と用途開発が重要となる。用途開発では、エンドユーザーが満足する効果・性能をLPで実現できるかどうかが鍵となる。処理対象によって処理範囲、LP条件、コスト計算がそれぞれ異なるため、エンドユーザーとの調査研究・共同開発が不可欠となる。また、LPは非接触技術であり、他の処理技術との併用が比較的容易である。他処理技術との併用による新規ピーニング技術の開発が期待される。
表6)LP産業応用推進のための課題
4-6. 光産業創成大学院大学の取り組み
当分野では、表6に掲げた①と④に主に取り組んでいる。①では、衝撃波発生の高効率化を目的にして、レーザー照射中の圧力計測を実施している(図8左グラフ)。現状では、プラズマ圧力と相関のあるプラズマ膨張速度の計測を行い、シミュレーションコードの開発を目指している。シミュレーションコードが開発できれば、計算機シミュレーションによってレーザー条件を最適化できる。因みに、ライフル銃の弾丸速度は約1km/secであり、LPではその数十倍程度の膨張速度を容易に発生できる。また、圧縮残留応力の付与にも成功している(図8右グラフ)。犠牲層有・無において、数百μm以上の深部への圧縮残留応力の付与に成功している。犠牲層とは、材料表面へのレーザー損傷(融解層)を防止するための薄板・塗装膜である。融解層発生は表面再凝固、引張応力発生に繋がるため、犠牲層無LPは技術的に難度が高いと言える。 これらの成果・ノウハウを活かし、表6④でのLP試験環境提供を実施している。エンドユーザーとの共同開発を通して、LPの実用化研究を進めていければ幸いである。
衝撃波発生計測
圧縮残留応力付与技術の確立
図8)LP産業応用推進に向けた光創成大の取り組み
05. まとめ
現在、LPは原子力産業を中心に実用化されている。今後のLP産業応用の展開として2つの方向性がある(①重工業産業といった少量高付加価値製品への応用、②自動車産業・電子機器産業といった量産製品への応用)。これらを進めるためには、生産性向上に関する技術開発とユーザーとの用途開発が重要である。光産業創成大学院大学 光加工・プロセス分野では、技術開発(LP高効率化・シミュレーションコード開発)に加えて、LPの特長である局所・高精度・深部処理が活かせる用途開発(ユーザーとの共同研究)に積極的に取り組んでいく。